日本鉄道建設公団法 設置とその背景について考える

今回は、鉄道建設公団、現在の「鉄道建設・運輸施設整備支援機構」の前身の組織となります。
法律第三号(昭三九・二・二九)の「日本鉄道建設公団法」に基づき設立された法人で、昭和39年3月23日に国鉄と運輸省の出資で誕生しました。
鉄道建設公団の目的は、第1条を参照しますと。

第一条 日本鉄道建設公団は、鉄道新線の建設を推進することにより、鉄道交通網の整備を図り、もつて経済基盤の強化と地域格差の是正に寄与することを目的とする。

と書かれており、「鉄道建設を推進することで地域格差の是正に寄与することを目的とする。」という目的のために設置されました。
そうした背景が起こったのはどのような原因があったのか、少しだけ述べてみたいと思います。
そもそも、国鉄時代の鉄道路線はどのような基準で建設されていたのでしょうか?
それは、鉄道敷設法に基づき建設されていました。
ただし、国鉄としてはいくら法律があるとはいえ、儲からないローカル線建設よりも、輸送需要の高い東海道本線の線増(新幹線の建設)に投資をしたいと思うのは当然のことでした。
結果的に、ローカル線建設は後回しになっていくのでした。
実際、昭和30年代でも国鉄ローカル線の赤字は深刻で、運行経費減少のための方策は取られていました。
例としては、キハ03に代表されるようなレールバスや、バスの車体に台車をそのまま載せてしまう アンヒビアン・バスと呼ばれるバスが試作されたりもしました。
参考 アンヒビアン・バスの記事
このような努力にも関わらず、地方ローカル線の赤字は増加傾向にありました。
国鉄としても地方ローカル線の赤字などは周知をしていたようで、昭和35年6月の国鉄線と言う記事を見てみますと、下記のような記事を拾うことが出来ます。
昭和35年6月国鉄線・世論アラカルト.PNG
世論としては、ローカル線の建設で国鉄の赤字をふやしていることに対しては、「公共事業」だから仕方がないという意見が41%、健全な経営をしていくためにやめるべきだとする意見が31%で公共性を重視した意見が若干多かったとはいえ、国鉄という存在が政府の期間であるという位置づけで感が停る人が多かったと言えるのではないでしょうか。
さらに、赤字容認派の方の意見として赤字の補てんをどうすべきかという意見に対しては、政府の補助が24%、運賃値上げ八%、沿線の市場開発7%、経営の合理化5%、他線の収入で補う5%などの順であったそうですが、49%がわからないと答えたと言われています。

実際には、国鉄による沿線開発は民業圧迫という理由から大きく制限されていた他、政府の補助は望むべくもない状況(地方交付税不足の財源として地方納付金という名目の固定資産税相当の金額を国鉄他公社に負担させたくらいですから。)、政府の補助や地方の開発を国鉄自らが行うことはできませんでした。
さらに、昭和37年の三河島事故・昭和38年の鶴見事故と立て続けに起こった重大事故により、国鉄としては施設の近代化と安全投資にも割かねばならず、赤字が増えるだけのローカル線の建設はしたくないというのが正直な本音であったと思われます。

そこで、鉄道建設を別の組織が行うことで国鉄の負担を減らそう?ということで、鉄道建設公団が設置されるのですが、田中角栄が大蔵大臣の時でした。
元々、田中角栄は国鉄ローカル線を張り巡らせる(建設する)ことで国土の強靭化が図れると考えており、その為に国鉄を利用しようとした節があります。
結果的に、国鉄が自ら建設してきた新線建設は、新設された鉄道建設公団に移り、国鉄は東海道新幹線並びにその後建設される山陽新幹線の建設は自ら行ったほかは在来線の建設は鉄道建設公団に原則として委ねることとなりました。
結果的に鉄道建設は促進されることとなりますが、今度は国鉄の意思とは無関係にローカル線が建設されることとなり、特にローカル線でも国鉄時代の規格で言えば地方ローカル線も高架を基本とした丙線規格で建設されることとなり、その維持費も高いものとなりました。
来年の3月で廃止が決定している三江線などを見ればよくわかりますが、両端の簡易線規格の路線とその間(口羽-浜原間)を結ぶ公団建設の区間ではその違いをよく理解できるのではないでしょうか。
IMG_6896.JPG
浜原駅は、国鉄が自ら建設した路線であり、枕木は木製のままの簡易仕様
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参考条文
日本鉄道建設公団法

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